先日 当ブログで紹介した東京中央郵便局の件である。シンポジウムが6月30日(18時―20時)建築学会ホールにて開かれることとなった。出身地富山のテレビ局が製作し北陸地区で放映された吉田の足跡をたどる番組もそこで観ることができるようだ。これも力作と聞いている。多くの方の参加を期待したい。
先日 当ブログで紹介した東京中央郵便局の件である。シンポジウムが6月30日(18時―20時)建築学会ホールにて開かれることとなった。出身地富山のテレビ局が製作し北陸地区で放映された吉田の足跡をたどる番組もそこで観ることができるようだ。これも力作と聞いている。多くの方の参加を期待したい。
1960年代の日本の民家を若き大橋富夫さんが撮影していた。半世紀を経て懸案の写真集が出版され昨日記念のパーティがあった。まだパラパラとページを繰るだけしかしていないのだがすごい。収められた「屋根」をみるといかに豊かで手数と思いのこもった景観がこの国の各地にあったのかを知る。大変な資料である。安藤邦廣さんの文章がつく。原さんが挨拶で「70年代に離島を中心に歩いたが、遅かった」と話していた。ここにいたる道について考えざるを得ない。
ギャラリー間で昨日オープニングがあった。ドローイングの本と写真を主にした作品集の二冊が展覧会に合わせ出版されている。ギャラ間も今回特に力を入れている。既によく知られたことではあるが実に書き込まれた図面である。それが大きなパネルとして展示されている。会場、比較的年齢の高い関係者を見かける。手書きの図面に感嘆している。オーストラリアは大きい。その気候も様々なのであろう。グレンマーカットの住宅を見るときっと極めて良好な気候に立っているのであろうと思われる。ひとりで設計している、とのことにも驚く。パーティ会場にはオーストラリア首相婦人が列席、スピーチ。後で挨拶にたった原さんがその内容を褒める。大使館上げて今回のイベントをサポートしている。
増田彰久写真展、世界遺産−英国産業革命の精華−が例の東陽町竹中のギャラリーで催されている。芸大の帰りに覗く。案内のはがき、ポスターはモノクロームのアイアンブリッジのディテールである。会場の入り口に巨大なフォースブリッジの写真がある。ほかにロイヤルアルバートブリッジ、メナイ、クリフトンなどの橋が会場の入り口近くにある。これら橋は周辺の自然が保全されていることによってきわめて美しい。ほかに数々の駅、閘門、灯台、温室、工場、ドック、ポンプ場など。150年の遺産を自慢の資源として景観の整備をしている国。そうなるはずのものを別の短期でセルフィッシュな都合によって破壊する国。一方はそれらがあることによる重層的景観が国土を豊かなものとし結果として観光客を呼ぶ。もう一方は景観そのものが厚みを作らない。そしていつも散らかるだけだ。なにやら、そこに住む個人の家の室内の風情とよく似ているような皮肉な気がする。この国の歴史は長い。重層する景観的資源の厚みは引けをとらないはずだ。ただ近代の営為に対する尊敬がまったく無い。またもや中央郵便局が頭をよぎる。
先日当ブログで「那須の週末住宅」の外国雑誌の取材がありスタッフ等が立ち会ったと(5月22日付)書いた。その取材誌がMONOCLEという英国の雑誌である。この記事が掲載される最新号は早晩刊行されるであろう。MONOCLEは二年ほど前に創刊された比較的新しい雑誌であり東京にも拠点がある。そのスタッフがこの木造住宅に大変興味を持ってくれたことが今回の取材のきっかけであった。私へのインタビューはこれもうおがし銘茶で行ったが、ここにも同様興味を示してくれた。
さてそのMONOCLEだが、週末土曜の朝日新聞オピニオン欄「異見新言」に「雑誌の未来、編集者の顔を取り戻せ」との記事を寄せた仲俣暁生さんがMONOCLEにきわめて好意的なコメントを寄せていたのが目に付いた。多くの雑誌の衰退の中で「読む雑誌」として明確な編集ビジョンを持つMONOCLEがこれからの方向を示すものとして取り上げられていたのである。
取材があり、撮影があり記事ができる。その間こちら側のチェックは無い。記事は編集側の責任と裁量による。どのように纏められるか、気にもなるのではあるが。
今日、土曜、立川市庁舎の起工式であった。型どおりのセレモニーかと思いきや、さすがに市民参加の立川である。式の後半に市民の仕切るイベントがあり、タイムカプセルに残すコメントの作成などたくさんの楽しい企画があった。中でもお土産でもあったペーパーモデルは秀逸。良くこうしたものができるものと、感心してしまった。会場には100人委員会からサポートしていただいた卯月さんの姿もある。現場はこれをもっていよいよ本格的に進行する。


婦人雑誌「ミセス」7月号の〈建築家のこころtoかたち〉という見開き二ページの連載記事、先日のうおがし銘茶でのインタビューが「前向きな課題が建築を作る」とタイトルされ記事になっています。おもに「うおがし銘茶茶銀座」「いわむらかずお絵本の丘美術館」「相模原の住宅」について。ご覧ください。
先日当ブログで話題とした「東京未来大学」は昨年のJIA環境建築賞を受賞した建築であった。環境建築賞は今までエネルギー使用削減をテーマとするものが多かったと感じているが.着実にに再生事例が数を増やしている。「洲本の図書館」=鬼頭梓、佐田祐一=もその好例である。このことの重要さを思う。壊さないための技術が不足している。過去、質の悪いコンクリートが大手を振って施工されている時期がある。これを何とか再生する技術の獲得は建築業に当然課せられた任務であろう。数十年でもちません、壊します、では話にならぬではないか。再生を普通の事としなければならない。その意味からも「JIA環境建築賞」へ再生事例のたくさんの応募をお願いしたい。
後半に学校建築が特集されている。そこに圓山さんが設計した「東京未来大学」が載っている。福祉を中心とするこじんまりとした大学である。足立区が廃校となった中学校敷地についてプロポーザル事業コンペを行い、圓山さんが参画するこの学校法人の提案が採用され実現したものだ。旧中学校校舎は耐震化されそのまま利用され、解体の運命にあったコンクリート校舎が延命している。。校庭であったところには新たに食堂、図書館、研究室などを収める棟が新設されている。うまいプログラムである。こうしたデザインは「難しい全体」DIFFICULT WHOLEのもつ楽しみ、と言えるように思う。条件はめんどくさいほうが時として面白い。
「意図的な貧乏」を楽しむ事が鍵になるのではないか。と考えたことがある。サンパウロでセスキポンペイア=建築家はリナボバルディ=を見た時だ。ドラム缶工場をコミュニティ施設に改修、積層した体育施設のみが新築だ。残さざるを得ないことがここだけの建築を生んでいる。「必然としての貧困」が極めて豊かな建築を作っている。「豊か」なわれわれはそれを意図的にしか獲得する事ができない、そう思ったのである。

今年は洞爺湖においてサミットが開かれるなど環境についての様々なメッセージが以前に増し多く発せられる年となるでしょう。石油の高騰など問題は身近に迫っています。JIA環境建築賞への期待と評価も今までにまして大きいものとなるものと思われます。またご承知のことと思いますが昨年は過去の環境建築賞の受賞作品を中心に「環境建築ガイドブック」も発刊され、高い評価を受けております。
こうした成果を継続的なものとするため今年度の[JIA環境建築賞]へのたくさんの作品の応募について一層のご協力をお願いします。ご自身またはご存知の建築家にお声をかけていただき、必ずしも省エネルギーに偏らずとも様々な手段、手法で環境に配慮した建築がここにエントリーされますよう期待いたしております。ご協力をお願いいたします。登録締め切りが間近ですが、より多くの応募をお願いするため締め切りを二週間ほど延期、6月17日することといたしました。詳細は事務局に問い合わせください。
重ねて ご友人等に、広くお知らせいただきたくお願い申し上げます。