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先々週の吉村展の当番のときに永橋さん、鈴木さん等、芸大の先輩と話が尽きなかった。叔父のことがまず話の中心だったが、もうひとつ、村田豊さんのことが印象的だった。学生時代村田さんの事務所でバイトをした、と言う世代が私の少し上にいたが、私自身は知見が無かった。数年前、ポンピドー美術館の改修前の最後の展覧会が「「l‘art de l‘ingenieur」、この準備の段階で村田さん設計の万博「富士グループパビリオン」の写真を真剣に探している話が私のところまで来たことがあった。この展示のカタログは実に膨大なものだが、ここに収録されたこの建築の写真がポンピドーの執念をよくあらわしている。特に立ち上がっていくさまを写したものはすごい。帰ってから久しぶりにこの本を開いて見た。明日がまた当番と考え、このことを思い出した。村田さんは坂倉さんのところから、コルビジュエのところへ。その後独立、このパビリオンを設計した。コルの弟子は前川、坂倉、吉阪だけではない。

先日の朝日新聞にマグナス効果を応用の風力発電風車の開発者が紹介されていた。
マグナス効果とはウィキペディア(Wikipedia)によると

「球形の弾丸が飛翔中に曲がる現象に対しての説明として、1852年にドイツの科学者ハインリッヒ・グスタフ・マグヌス (Heinrich Gustav Magnus) によってはじめて認識された。」もので「円柱または球が回転しながら,粘性を有する流体中を一定速度で移動または一様流中に置かれた場合、円柱または球表面に接する流体が粘性によって回転運動に引きずられ、回転速度及び粘性に相応する循環Γが周りに発生し、移動方向または一様流に対して垂直の力(揚力)が発生する。今、2次元ポテンシャル流れを考えると、一定速度または一様流速度を/U/,流体
の密度をρ とすれば、発生する力/L/ は次式で得られる。
/L/ = ρ/U/Γ
上式は2次元ポテンシャルにおいて、循環 Γ を有する翼に生ずる揚力の式と一致する。この式はクッタ・ジューコフスキーの定理と呼ばれる。」

とのこと。新聞にもあるように野球のボールがカーブする理屈だという。19世紀半ばの様々な知的興味の様々で目覚しい展開については、いろいろと驚かされるがマグナス効果もそのひとつということだ。ひょっとするとこうした原理にさかのぼることが新しい知の鉱脈の発見につながる?かも知れない。ご存知のとおり、かの燃料電池も19世紀半ばの発明が今日になって再発見されたものだ。再びウィキペディア(Wikipedia)は
「燃料電池の歴史は古く、1839年にはイギリスのW.Groveが白金を電極、希硫酸を電解質としたグローブ電池により、水素と酸素から電気を取り出す燃料電池の原理を発明している。その後、長らく忘れられた技術であったが、」としている。あきらめないカナダ バラード兄弟のことが思い出される。(野沢)

高崎に会場を移してレーモンド展が開催される。既に無い麻布のレーモンド邸をコピーした旧井上邸、そして群馬音楽センターも展覧会会場となるということだ。とすればこの展覧会にとってこれ以上の適地は無い、と言うことだろう。
足を伸ばせば富岡製糸工場、磯崎さんの近代美術館となりの大高さんの博物館なども近い。近代美術館では26日から磯崎さんの美術館を展観する「磯崎新 七つの美術空間」が開かれるとのこと。車で至便、または新宿から高崎まで新幹線で一時間4300円ほど、
湘南ラインで一時間40分1800円ほどか。

昨日憲政記念館で「中央郵便局を重文にする会」の発足の集まりがあった。数日前にメールで知らせがあり前半だけだが参加した。海老原一郎さんの設計のこの建築に入るのは数十年ぶり、大分改修されている。
「中央郵便局を重文にする会」は事態の急な動きを受け、100人を超える発起人を集めて動きがしたという形のようだ。市民の参加が力強い。国会議員による動きもあり、党派を超えた20人を超える議員による「会」できているとのことであった。今までに無い動きではないか。
吉田鉄郎という稀有な建築家について考える機会ともなろう。原状を極力回復し保存活用を望む。私は先日ウイーンでワグナーの郵便貯金局が活用されながらミュージアムとなっているのを見てきたばかりだ。彼此の差を考えざるを得ない。

会の途中で退出したので不明だが、出席のきっかけとなったご案内は以下のもの。問い合わせは多児(タニ)さんでいいのだろう。これから会員の募集を行うはず。多くの人々に参加を呼びかけたい。

吉村ギャラリーでの展示が「NCRビル」である。会期は3月29,30、4月5,6と12,13そして19,20の各土、日曜日。このオフィスビルは先年DOCOMOMO100選に選定されてもいるのだが、おそらく世界でもごく初期のダブルスキンであろう。脇田邸などでのデッキプレートによる温風暖房といい、吉村さんの建築には様々に温熱への配慮がある。会場には吉村事務所OBほかが詰め来場者に解説する。直接の当事者、奥村さんの解説があるのが29、5、13、20.ほかは私が会場で解説することになっている。13時から18時まで。

土曜日に開かれたNPO団地再生研究会主催のシンポジウムは研究会の発足時からの懸案が一歩踏み出す画期と成るものであった。出席した富安さんの話にあったとおり、「研究会はその名の示すとおり団地の抱えるさまざまなテーマを再生を主軸にきちんと知ること、これが何より求められる、それによって再生の方向も明らかになる」、そうした一歩がやっと若手のメンバーにより開始された。大高事務所の基町団地が取り上げられ、藤本昌也の軌跡が取り上げられたのには比較的近いところにいたものとして少々驚いた。「歴史」が身辺に近づいてきているかのようだ。

東村山の現地見学会を行いその後木造ドミノ研究会の発足会があった。これからの様々な「動き」が期待される。そしてまたこの場を様々に「知る」「納得する」場にしていかなければならない。昨年来の新法騒ぎを含め現状の基準、法規など目の前の事々にのみ拘泥することなく、これからのわれわれの望むスタンダードを探すことが、ここまで来たドミノをより面白いものにしていく鍵だろうと思う。特に耐久100年を超える「サポート」を木構造で出現させたことはそれが100年後においてもそのように見え、認識されるものとすることが必要であり、求められる性能のすべてを今デザインすべきなのだろう。先日の欧州での知見などを振り返りつつ、一歩先を考える面白さを、もう一度取り戻したい、と思う。

住宅建築4月号が書店に並んでいる。先般訪れた「浦邸」が巻頭である。北田さんの写真がとてもいい。今回撮影のもののほか、以前のつたに覆われた姿もある。北田さん数度にわたり浦邸を撮影している。その厚みも誌上に現われている。私の訪問記も是非あわせお読みください。訪問記文章のみだがブログ「執筆原稿」に転載した

「住む。」No.25春、最新号が手元に届く。木造ドミノが掲載されている。連載の「家をつくらなら近くの山の木で」の中での記事であり、秋川の山の取材がある。

真鍋さんのブログに既にあるので遅きに失した感ありだが青森発の[A haus](アーハウスと読む)がすごい。今号は今和次郎と吉阪隆正二人のの師弟関係、青森との関係などを特集している。記事は綿密で発見的である。様々な地域に宝が様々にあり発掘を待っているのだろう、がメディアが東京に偏在、集中する 中でそれらに手が出ることがない。青森ではそれができている。弘前に前川展のことで伺った折に編集にかかわっておられる方々に会っている。心から敬意をはらいたい。折りしも「住宅建築」の最新号が巻頭で吉阪さん初期の住宅「浦邸」を特集し私が訪問記を書いている。。

この4月末で「いわむらかずお絵本の丘美術館」は10周年を迎える。本当に早い。ここでは絵本にかかわる展示のほか自然や農業などの多彩な活動がなされている。そしてこれからの10年を考えながらの様々な動きもある。エコミュージアムとしてのいわむら美術館、それを支えるNPO設立の動きもある。タイミングよく今、手元に届いたJIA関東甲信越支部機関紙「Bulletin」にいわむらさんの寄せた文章がある。建築のこととこの間の活動についてのとても丁寧な文章である。ここに転載させていただこう。

小さなドミノの完了検査で黒磯へ。昼前に現場着。あいにくの曇天。

バウハウスな外観。力強いです。裏のしげみは黒の森でしょうか。




室内はうってかわって真壁の木の柔らかい空間です。


天井がつながっているので、1室の面積は小さくとも大きなところにいる感覚です。
おもしろい暮らし方の可能性がありそうです。


例えば、この家具は可動で、部屋と部屋を区切りつつ天井はつなげています。木造ドミノのSI構造を生かしたアイデアです。現状では、2部屋を5:5くらいの割合で区切っていますが、この割合は生活に合わせて変わっていってよいのです。3:7くらいでも圧迫感なくいけるのではないかな?などと思います。


F建設さんの丁寧なお仕事が随所に光っておりました。
例えば、畳(t=30)とカラマツ床材(t=15)では厚さが異なるのですが段差なく仕上がっています。
家具・建具も大工さんの製作です。生活感があるのは一泊体験を実施しているからです。



小さなドミノには、戦後小住宅のような強さがあるのではないか、などと勝手に思いました。
全然小さくありませんでした。
(織田)






火曜の文化欄の連載が「わが家のミカタ」と言う記事である。タイトルの「ミカタ」に二重の意味を持たせてあるのだろう。先週と今週そして来週の三回が「段違いな団地再生 欧州編」と言う連載記事である。駄洒落だろうがわが国の状況を言い当てている。
記事は神田剛という記名入りであり、第一回がドイツ、タウトの馬蹄形団地「ブリッツ」と再生事例の典型「ライネフェルデ」が取り上げられ、今週はオランダ、「ベルマミーア」が取り上げられている。すべて私が実際に見ているものだ。確かに「段違い」なこの国にこのような記事がやっと現われるようになった。

今日の朝、少しゆっくり起き、BSニュースに続いて放映されたベルリン郊外の巨大団地ヘラースドルフ団地で食事のサービスをする人のドキュメンタリーを途中までだが見た。ここも再生事例として知られたところだ。東欧の解体が様々に問題を広げ、社会主義国家と言う壮大な実験の後遺症は今も続く。団地のハードの再生はもちろん大きな問題でありわれわれの考えるべきところだが、社会、家庭のこうむった被害はそれ以上に根が深いのだろう。この国においても戦後行われた様々な「実験」には多かれ少なかれ同様な禍根があるのではないか。

記事中インタビュー部分の文字原稿をブログ「執筆原稿」に掲載した。

PROUD「ヴィクトール オルタ」

新建築の季刊バイリンガル建築誌、JA69春号が「屋根の可能性」という特集、屋根に特長がある建築が10数例集められている。先号に続き「那須の週末住宅」が掲載された。今回は「敷地周辺を含めた断面図を」との依頼が編集部よりあり作図した。矩計図にも背景を書く加えるなどの手を入れた。

今日は少し遠方へ。ガゾメーターに行く。南の工場地帯の新しい街。4基のガスタンクのコンバージョン。集合住宅への更新と思っていたが、駅に付属するショッピングセンターの趣きである。テートもそうだがこれもそう昔のもののはずがない、ストックの勘違いのようなすごさに考え込む。なぜ煉瓦造なのか。

北へ。インターナショナルセンター、建設中ドナウの向こうの新都市。HeinzTesarの教会を見る。アルミ?の黒く発色したパネル、内部は柳?の合板か?面白い小品だが周囲の巨大建築の中でこんな置き方でいいのか。という印象。隣にレンゾピアノではと思わせる超高層がそびえる。

シュテファン教会広場に戻りKNIZEへ。久しぶりの訪問、買い物はネクタイのみ。MANZを見るファサードのみ残る。ロース詣でだ。アメリカンバーを覗く。今年で100年という。12時開店、昼からビール、エスプレッソで覚醒。客が一人なので「カメラもどうぞ」という。店を出る。歩く。ホラインに出くわす。新旧のパッセージを通る。ロースハウスを目指す。再見、やはりここに来たい。

ワグナーのカールスプラッツ駅地下の食堂で遅い昼。ハンガリーのスープ、グーラッシュ、パン、ビールと軽め。

U4で西へ、初のシェーンブルン訪問。マリアテレージアは飛ばし温室へ。1880年というがごつい。構造が外側に露出しそこにシャッターがついている。スチールトラスにリベット、中の丸パイプは後の補強か。キューガーデンのパームハウスが100点とするとこれは65点だろう。隣の温室も同時代。大きな煙突が背後に見える。こちらのほうがいい。

着路はHeitzing駅、ワグナーのリング建設で一番象徴的な駅舎に出くわす。カールスプラッツでトラムの駅を探しながら、どこにあるのかわからなかったウイーンミュージアムを発見。市の歴史が展示されている。ここにロースの自宅が復元されている。小さなアパートメント、低い天井、大きい暖炉、穴倉のような家。やっと見つけた。なんと「名古屋展」開催中。それにしてもミュージアムの多い町だ。71でホテルへ。「どうぞ」とのことで撮った写真はボケている。明日帰国。





アメリカンバー、ロースハウス、 鏡

昨夜、久しぶりのウイーン。ホテルはベルベデーレガルテンにへばりついた地区。朝シュテファン教会近くに行く。KNIZE確認、ロースデザインの洋服仕立屋。
ワグナー、郵便貯金局へ。変わらぬ美しさ。裏手に周ると壁面に張り替えた跡がある。メンテナンスに感心。トーネットの家具まで復刻、ガラスの室内に映える。東京中央郵便局の命運を思う。局内にミュージアムショップがある。
復元なったロース、ムーゼウムカフェへ向かう。カールプラッツ、ワグナーの駅に立ち寄りゼツェッション館へ。
ムーゼウムカフェ、なるほど、と思うがロースにしては淡白な印象だ。トーネットの椅子がいい。赤い。断面に優美な加工がある。コーヒーとケーキ。
ミハエルプラッツ、ロースの洋服屋、ロースハウスへの道すがら金属のキャノピーに誘われアルベルティ美術館入館。中庭の室内化を始め、王宮から美術館へのコンバージョンが上手い。膨大なコレクション。印象派ピカソか等の展示それからKUNST NACH1970、コンテンポラリーコレクションを見る。どちらもRita and Herbert Batlinerという人のコレクションのようだ。
ロースハウスへ。仕立屋から様々変転、銀行になったことで再度入ることが可能になった。ロースは洋服屋に縁があったのか。室内、KNIZE同様、木を石塊のように扱う。鏡による連続にまったく歪みがない。外を飾る緑蛇紋大理石一本の柱と巨大な石版、確かトルコからウイーンを守り200年?の手入れで石板のすべてが貼られた。以前、ロースのみたこの建築、正面以外はフェイクであった。
思いついて、王宮内に入り裏の温室に行く。19世紀のこの手の建築は温室だけが面白い。翼部中に蝶が飛ぶ。主屋はとても素敵なレストランになっていた。休息を兼ね昼食。ソールと野菜、エスプレッソ。
美術館エリアへ。先年話題になった新しい建築に入館、感慨が沸かない。そばの建築博物館もつまらない。ただし企画展「テルアビブのモダニズム」に惹かれる。
72時間のパスがある。ミュージアムも幾分ディスカウントがある。Uでカールマルクスホフへ。これで今日は終わりにしようと思う。

今日、バーデンバーデンを離れる日である。が、午前中は会議。高性能建築の様々な地域での様々な要素技術、そしてそのの展開を進める柔軟な制度について知見し考える。変えること、試みることを厭わぬ社会的環境がわれわれに作れるか。

バーデンバーデンには珍しい現代建築、フリーダブルダ美術館を見る。Gerhard richter展である。ブルダなど三人の収蔵からリヒター自身の選択とレイアウトによる展観。とてもよいものに遭遇した。建築もマイヤーの中で良いほうの小品。バーデンバーデンは昨日の雪が残る芝にクロッカス,水仙が咲く春の気配である。昼食後チェックアウト、帰路ハイデルベルグを覗き空港へ。晴天に雪が舞う。遠望する黒い森が白い。


バーデンバーデン フリーダブルダ美術館マイヤー

さて付録は昨日のTrinkhalle裏手レストランのファサードである。1850年代建設の建築に装備された大きい建具が美しい。サッシ内に巻き込んだテントも出るディテールである。割り付けもいい。最近のリストアだろう。使い続けることを習慣にする社会を見たように思う。再生保全を建設の主要なもうひとつの仕事とすることは技術をより豊富なものとするのではないか。


Trinkhalle裏手のレストランのフェンスター

その後カールスルーエへ。新都市開発が行われている地へ。目的に即した建設現場である。状況がよくわかる。住宅内部に「しつらえ」が無いことを改めて確認。慣習の違い、と言い切れない。サポートインフィル、サステイナブルデザインにかかる話だ。RCとALCブロック300ミリで壁体をつくりコンクリートスラブ打設、という構造。断熱は150ほどか、外に付くブラインドの箱が埋まる、ここは断熱が薄いのだろう。バルコニーのヒートブリッジを切るディテール。これが今回の主要目的。

その後ごみの山へ。無数の鳥がえさを求め乱舞。都市塵芥の山は埋め立てを継続している部分を除いて緑に覆われている。三本の風車がそこに立ち、メタンの汲み上げポンプがいく本もごみに突き刺さる。見下ろすとそのメタンによるものなどの発電プラント、終末処理場など、リサイクル施設がまとまって見える。カールスルーエのトラム基地もある。ここのトラムは従前の二両連結の落ち着いたデザインだがもちろん低床化されている。フライブルグのみが環境都市として名を知られるが州の各地が同様の行動を取っている。余興にトミーアンゲラーのデザイン?の幼稚園。ブルワリーでビール、豚の足。




ドイツ3月3日

今日明日は本来の仕事。S社会議視察。

バーデンバーデン散策

朝夕に宿周辺の散策をする。ごく小さな、しかし長い街だ。谷に沿い広がる。温泉浴だけでなく様々に人びとが訪れる場であるようだ。「黒い森」はアグリツーリズム、グリーンツーリズムの場であり、ここはそのひとつの拠点、延々谷を奥に入った隣の集落ももちろん美しく、レストランの食事の水準もきわめて高い。「黒い森」に手をつけ開発し建築することはもちろん許されていない。
街は19世紀に貴族の夏の休暇のために拓かれ、その行動が世紀半ばに比較的裕福な人々に広まったようだ。交通手段の発展、金持ちの増加などがその遠因だろう。そして20世紀初頭から庶民にまで拡大、そんなことだったのだろう。ホテルのとなりのカジノも19世紀半ばのネオロマネスクだがその先に19世紀半ばのTrinkhalle。当時の温泉水を飲む流行?の拠点だがなかなかレベルの高いネオロマネスクと見える。幾分か勾配のある街並みもいかにもヨーロッパの観光地らしい。見てはいないがご多分に漏れず20世紀初頭ケーブルカーも設置もされている。今はまったくの閑散期であるが春からは多くの人びとで溢れるのだろう。最大の売り物の温泉にもいまだ行っていない。
カジノ


Trinnkhalle

列柱を見る

シュツットガルドへいく。N氏運転のレンタカー。10時過ぎに出発、半日を幾分超えるほどの時間である。スターリングの美術館久しぶりの再訪。以前の見学ルートが暫定であったのかもしれないが、スターリング棟からの入場、そして無料ゾーンの大幅な拡大がされている。これはこれで今日各地のミュージアムの行っているところである。が、以前の美術館内を抜ける自由通路の唐突は薄くなった。既存増築の左に同じ手法の巨大な増築がある。驚く。よくない。クラシックな町並みに以前ほどの唐突は面白かった。が、二倍以上に伸びるとさすがに遊園地。特に円筒形の突出が異物。



その後ワイゼンホーフ聖地巡礼。コルの二連のピロティ住宅がミュージアムになってはじめての訪問。手前を展示に、奥を原型修復。原型修復がとてもいい。特に色彩の復元はいい。スチールの細幅のサッシ、木製のサッシもいい。ミースの棟にも薄い色彩。これは以前もこうだったか?定かでない。頭では白いものとしてしか記憶が無かった。マルトスタムに親近感。





車での移動は市内のトンネル立体交差などで紆余曲折。メルセデスベンツミュージアムへは5時半を回り着く。無料公開の部分のみ。それでも建築の全貌を垣間見るほどの広さがある。目くるめくコンピュータエイデッドアーキテクチュア。



帰りこちらの文字と音声のみのカーナビがHAL。連れまわされ延着。疲労。

土曜。フランス、ストラスブールへ。途上閘門を見る。水上交通が運輸を担っていたころから河川の整備と運河の開削はヨーロッパの得意としてきたところ。昨晩の食事の折にその話しが出た。「道筋にある」、とのことで立ち寄る。河川はここで広大な幅となりダムでせき止められる。湖のようだ。船舶は設けられた二つの閘門により10数メートルの水位差を超える。ちょうど砂利運搬船が通過。そのさまを見る。ロッテルダムへ行く、とのこと。このあたり各所の湖に、砂利浚渫の拠点がある。



ストラスブールは徹底したパークアンドライドで知られる。バスは郊外のパーキングまで。トラムに乗り換える。ここでも低床7連の車両。市域は許可を受けた車だけできわめて快適。週末とあってにぎわっている。旧市域を囲む河川を巡る船に乗り、欧州議会まで。ロジャースの建築を見る。この手はもう古く見えるようになる。昼フランス風ピッザ。ここの名物。夜魚。


バーデンバーデンのホテル周辺はカジノを取り巻く広場、キオスク、それから劇場などがある。19世紀のお終いのころの街ではないか。左官による古典を模した建築に幾分装飾的な鉄のフレームが付きガラスのひさしが付いている。朝散歩してその向こうに流れる川の先の市街地を覗く。

一路フライブルグへ。VAUBAN着。9年がたつという。延伸されたトラムが走り、計画はほぼ終了したようだ。以前訪れた折の数倍の住宅地になっている。最初期の住宅について説明を受ける。断熱、南向き大開口、ヒートブリッジ対策、などとともにトイレ台所からの排気を含む熱交換換気が面白い。小型のコジェネが供給空気の加温に使われている。この住宅は団地第一棟目で市の整備するインフラが未完成の時期の建設。それとの関係が無い。独立的に収支している。旧市街を見る。6連のトラムが走り抜ける。その後駅周辺に。今は車の走る新市街地も数年で車を排除し、トラムを整備するという。徹底している。それのよりまた大きく変わるだろう。高架鉄道駅の向こうに市の新しい劇場があった。



「各住居トイレからの熱交換換気のダクト。ガラス管は廃熱回収後のコジェネ排気煙突」

郊外のスキーリゾートとなっている集落、スキージャンプ台を見る。雪は無い。昔大きな農家であった建物で営むレストランで食事トラウト、ビーフなど。ワインもいい。深夜宿へ帰る。

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