今朝 自宅の写真を撮る。
板金やのしごとが残るがサッシはほぼ取り付けを終わっている。やはり格段しっかりしている印象。そのうち残るいくつかのサッシの更新を余儀なくされるのではないかとの懸念がよぎる。道路側のテラス、覆いのグレーチングに知らない花が咲いている。せんだんの葉も密度が濃い。(野沢)


今朝 自宅の写真を撮る。
板金やのしごとが残るがサッシはほぼ取り付けを終わっている。やはり格段しっかりしている印象。そのうち残るいくつかのサッシの更新を余儀なくされるのではないかとの懸念がよぎる。道路側のテラス、覆いのグレーチングに知らない花が咲いている。せんだんの葉も密度が濃い。(野沢)


作業がひとつの山にある。あまりこのプロジェクトについての報告をしていないが、悪戦苦闘中。相手があることもあり、途中での報告が難しい。成果はわれわれの力量の反映、何とかこの格闘を続けていく。
昨日模型の搬入。障害を持つ市民の人への説明の会も同日催された。三階という低い建物、どの階にもテラスがある設計、などの説明を昨年の会に引き続き話す。昨年の持ち越しであるテラスへのスロープの設置の可能性の検討が採用にいたらなかったことについての説明が滓を残す。取り残される気持ちを思うと気になるが、実態として20分の1の勾配のスロープが付けることのできる建築は稀有であろう。なかなか難しい宿題。何とかわかってもらえたのだろうと考える。最善が事実上成立しないとき次善を最善と考えることになる。現実化は金、制度、人などを介して様々な場面に経ち現れる。知恵と検証は尽くしたい。が、最後は再び人々の支える仕組みが建築を成立させるのだろう。そのために話し合い合意を作ることの大切さを思う。徹底的に粘ること。(野沢)
>>立川市新庁舎建設関連情報(立川市HP)
ドミノの現場から見える、いなげやの壁がなにやらチラチラとして遠目にも怪しい。近づくと案の定であった。
金属サイディングにステンレス溶接金網が貼りついている。足元にアイビーが一列に植えられ、幾分成長している様子。見た目にも熱くなりそうな鉄板の上のステンレスの網を厭わずアイビーは覆うであろうか。北面のみに施されているところを観るとそれなりのプロによる目算のありそうなデザインであるような気もするが、見守ろう。そしていなげやの壁一面が緑になることを祈ろう。(野沢)

昨日会議、様々な展開について話し合う。
システムが開発当初の条件である坪あたり50万円ローコストの達成、からそれを超える様々な成果を持っていることに気付く。かなりの驚きを参加した皆が実感している。何より結果として前例のないオープンシステムの徹底がされたこと、それが基礎から建て方、竣工にいたる各所で合理化を生み、建築の質の確保に貢献している。生産の効率化は慣れるに従い大幅な成果とも成って初期の目論見を越える結果ともなっている。会議では風呂、便所、キッチンの施工までで竣工とし、しつらえはその後のこととすることができるか、今後の公開と品質の確保の仕組みなどについても議論された。
東村山プロジェクトの敷地では整地、基礎、竣工間近のもの、造園の施工がされているものなど、進捗にあわせた木造ドミノの諸段階を観る。(野沢)



本日サッシが到着。ノルドの赤いアルミクラッドのものである。
今回の改修に当たりフィックスを多用コストを減。とはいってもトリプルガラス、アルゴン封入ROW−E仕様。15年で開口部のスペックがこれほどあがった。
既存サッシの周辺のガルバリウム鉄板部を解体、窓と窓の中間部から腐朽した木材が露出、乾燥部と異なり濃茶色である。蟻の巣も観られる。サッシ下の枠、滑り出しの障子
下を回った雨水により障子、枠共に腐朽、そこから壁内に雨水の侵入があったと考えていい。重症である。サッシ下がすべて腐っている。庇の無い収まりの難しさ。湿度のない国の製品の使用の難しさ、である。今回のものはアルミ部分がきちんとした押し出し成型によるものであり大分いいはずだが。これも試み。改修箇所がはっきりわかるよう、色のついたものとしたが、結果はどうか?(野沢)
週末 森美術館のコルビジュエ展、と国立新美術館のスキン&ボーンズを観る。
どちらもかなりの入りである。スキンは明らかに若い女の子、コルは男が多い印象。森ビルではコムスンを思いだす。それにしても良い印象が沸かない環境である。
新美術館は乃木坂から行くと写真で観たうねるガラスのファサードではなくPCの大きな下見板の横がアプローチ。唐突にロビーに入る印象。それはそれで悪くない。敷地に拠るのだろうがどちらを向いて建っているのかがわからない。
スキン&ボーンズはThe Museum of Contemporary Art, Los Angeles.の構成になるもの。建築とファッションの平行的展示、である。映像に拠るもののほかはファッションが実物大の本物、建築はそうは行かず図面と模型それに写真、どう観ても分が悪い。ただしファッションの展示は面白い。全体を流しながら見たが被服とはいかに人体を不自由にするためのものか、そのための?デザイナーのあくなき努力が展観される。ルドフスキーの「みっともない人体」を思う。今日、建築の作業にも同様の傾向が見られる、ということか。カタログを購入、これによると建築とファッションの比重が会場での差ほど感じない。当然である。ここではファッションも本物からメディアに置き換わっている。
さてコルビジュエ展はというと、なぜかあまり面白くなかったという感想である。全般的に既視感によるのかも知れぬ。絵画が思いのほかつまらない。以前確かサザビーのオークションつきの展示で見ているように記憶するが、そのときの記憶、そのときの作品集の記憶?よりつまらなく見えた。会場の大きさの所為か?建築と並んでみていることに拠るのか?建築についてはこの方法に拠るしかないのだろうが展示は原図、写真、模型(かなりのものが、昨年数回の建築家展と同様各大学研究室の競作だ)それに映像である。肝心の図面もなんとなく見慣れたもののように見える。カップマタンの週末住宅、それにユニテダビダシオンの実大模型(これは力作)がある。建築を展覧会の形で見せる難しさを思う。と、先年開催された清家展、吉村展、前川展のどれもがおのおのに個性を感じる展示がとてもよくできたものであったことを思った。それに比し展示に意思、意図が無いのである。ここでも一応カタログ購入、Tシャツも。(野沢)
先日の朝日新聞にマグナス効果を応用の風力発電風車の開発者が紹介されていた。
マグナス効果とはウィキペディア(Wikipedia)によると
「球形の弾丸が飛翔中に曲がる現象に対しての説明として、1852年にドイツの科学者ハインリッヒ・グスタフ・マグヌス (Heinrich Gustav Magnus) によってはじめて認識された。」もので「円柱または球が回転しながら,粘性を有する流体中を一定速度で移動または一様流中に置かれた場合、円柱または球表面に接する流体が粘性によって回転運動に引きずられ、回転速度及び粘性に相応する循環Γ が周りに発生し、移動方向または一様流に対して垂直の力(揚力)が発生する。今、2次元ポテンシャル流れを考えると、一定速度または一様流速度をU,流体の密度をρ とすれば、発生する力L は次式で得られる。
L = ρUΓ
上式は2次元ポテンシャルにおいて、循環 Γ を有する翼に生ずる揚力の式と一致する。この式はクッタ・ジューコフスキーの定理と呼ばれる。」
とのこと。新聞にもあるように野球のボールがカーブする理屈だという。19世紀半ばの様々な知的興味の様々で目覚しい展開については、いろいろと驚かされるがマグナス効果もそのひとつということだ。ひょっとするとこうした原理にさかのぼることが新しい知の鉱脈の発見につながる?かも知れない。
ご存知のとおり、かの燃料電池も19世紀半ばの発明が今日になって再発見されたものだ。再びウィキペディア(Wikipedia)は
「燃料電池の歴史は古く、1839年にはイギリス のW.Groveが白金を電極、希硫酸を電解質としたグローブ電池により、水素と酸素から電気を取り出す燃料電池の原理を発明している。その後、長らく忘れられた技術であったが、」としている。あきらめないカナダ バラード兄弟のことが思い出される。(野沢)

出版ダイジェストというメディアが農文協特集、特に農文協の出版する「全集」 についてのもの。「百の知恵双書」の記事に宮本常一「日本人の住まい」を中心 にこのシリーズを紹介する記事を書いた。以下転載する。
百の知恵双書に宮本常一の「日本人の住まい」が加わった。以前このシリーズで 「棚田の謎」を著した田村善次郎の編集参加により宮本の未刊行の原稿が生き 返ったのだ。写真、図面の選定なども丁寧、特に川島宙次の写真が原稿執筆時と ほぼ同時期に撮影されたものであることも読者にとりありがたい。宮本のフィー ルドワークは様々な人々に様々に?がっている。私たちの学生時代の集落への興 味もそうしたもののひとつであった。時代が大きく変わる予兆があのころ様々な 人々によりこうした調査をさせたのかと思う。
僕自身が宮本の良き読者であったわけではないがここ数年、文庫本に収録されたおりなどに読み返すことがあった。住まいについてこれ等にももちろん触れられ ているが今回の出版は格別うれしい。泊まり歩きながら体験した宮本ならではの 記録である。
私もこの双書で「住宅は骨と皮とマシンからできている」を上梓しその中で竪穴住居の快適性に触れているが、宮本の記述にも最近まで土間での生活が各地に見 られるとの記述がある。各地の民家はそれを見る視点により様々な発見があるはずであろう。オンドルの遺構が日本にも各地にあることを知り驚いたのは宮本を 継ぐ網野善彦の記述によってだった。住宅の「マシン」(熱源)である囲炉裏や炉がいかに大きい意味を持つかを思うこととつながる驚きであった。興味がつな がるところに考えるヒントがある。眠っていた原稿に日を当てた努力に敬意を表したい。
(野沢)
昨日住総研で2007年度研究助成キックオフミーティング。3時半に駆けつけて2006年「研究選奨」の発表に参加。
選奨四研究のひとつに選ばれたわれわれの「山越邦彦のエコロジカルな住宅思想に関する多面的研究 住宅における環境技術のパイオニア、その思想と実線から学ぶこと」の概要を梅宮さんが発表、パワーポイントも要を得たもの。聞きながらあらためて無人の山越邸に入った日のことなど思い出した。
懇親会で深尾さんから思いがけずドイツのPC建築の映像を見せてもらった。70年代初頭のきわめて原理的な大学病院建築。四本足テーブルタイプの構造、われわれのプロジェクトの一つの先達。大高さんの栃木議会棟の命運や、延命なった千葉図書館のことなどが思い浮かぶ。その後鈴木成文先生と歓談、あれこれの話の中で51Cのことなどをお聞きした。そうたくさんの仕事をしているとはいえないがそれでも設計が本職であり今回の論文でも私の参加はほんの一部分であり、大きくは梅宮さん,矢代さんの努力が大きい。それでも設計の現場にいるものが参加し、討議に加わることの意味はあったのだろと思う。梅宮さん、土崎さんとわが事務所に戻り歓談、今後の研究継続が課題だが楽しくやり続けたい。(野沢)

久しぶりに定期点検のため長池へ。緑が濃い。むせ返るようだ。
屋上に登り緑化の様子も確認。萱の勢いがすごい。
足を伸ばし谷戸の田んぼ、炭焼き、畑のあたりを見る。ここに来るのは本当に久しぶり。建物はネイチュアセンター設計の前にわれわれが手がけたもの。ヘーベシーベの開口が全面開く。とても大掛かりだ。今見ても設計は悪くない。谷に沿いトイレ、作業小屋が並んでいる。作業小屋のオーエムが稼動していない。修復の手配をする。
山を切って整地しているため擁壁からの水、そのための湿気で苦労しているとの里山クラブの佐藤さんの話。いつになるかはあるが用壁に沿ってできるだけ大きい掘割がいる。何とかしたい。畑にはポテト、ズッキーニ、なすなど。ずいぶん本格的。
その後公園園路を散策。、農家の人の手になる落ち葉をためるための囲いを見学、こうした技がこうした環境には何より似合う。かたくり見学ルートも。道沿いにはこれも手作りの丸太の椅子。あちこちに植物を説明する小さな表示。少しずつ大勢の人により、すばらしい環境が試みられ出現している。NPO中心の組織が指定管理者となり運営することでこうした様々なき眼の細かい仕事が自発で行われているのだ。
世界人口白書の会合で富永さんがこの公園を中心とするコミュニティ再生の話をするようだ。じつにおおくの来場者が実はサポートするボランティアその人でもある。定期的メンテナンスについてもこの仕組みのおかげで少しずつ無駄の少ない作業となりつつある。設計時、気付かなかった些細なただし改善が望まれる事柄のスピーディな解消が建物を長く使い続けるために是非必要なのだ。(野沢)




神戸大の梅宮君、日大の矢代君等と行ってきた山越邦彦研究をサポートしてくれた住総研、たくさんの助成研究の中から栄誉ある助成研究選奨に選ばれ、今年度の助成研究の発表の席、キックオフミーティングで「2005年助成研究選奨講演」をすることとなった。
2005年助成研究選奨は4点であり残りの三点のうち二点が震災にテーマを持ったもの、一点が祭礼まちを主題とするもののようだ。何はともあれ今後の山越研究に弾みがつく。(野沢)
私事で恐縮なのですが・・・
大学案内に掲載されました。

奥山に事件が続いている。
卒業した大学が作ったパンフレットに二ページにわたり大々的に登場したのだ。詳細は本人が書くであろう。そのページの公開が待たれる。(野沢)
審査委員長を務めている、「JIA環境建築賞」の応募が少ないようだ。以下のメール友人数名にを発信した。是非たくさんの応募をお願いします。
環境建築賞は環境的配慮をテーマとしてJIAが設けた表彰制度で、環境にかかる様々な主題が対象となります。再生事例、設備自然エネルギーの提案、制度的提案、材料、工法、建築計画総体への提案など建築家はなんらか環境建築賞の対象となる部分で仕事をしているはずです。是非皆さんの作品、または皆さんが注目されている作品の応募をお願いします。
JIA大会も今秋環境を大きいテーマとして開催されます。この機会の応募をお願いします。JIAホームページをご参照ください。
以下事務局からの便りを添付します。
先般より募集を行っておりました第8回JIA環境建築賞につきまして6月6日を消印有効の応募締め切りとしておりましたが、応募数が少ない状況となっております。
そこで野沢審査委員長・中村委員長にご協議頂き、応募の締め切りを6月6日から6月27日まで延長し、更なる作品の募集をはかることとなりました。
ホームページ等、告知も変更させていただきます。
(※資料提出の期限は従来どおり7月11日(水)までとなっております。)
応募増を目指し、作品の押し上げを是非ともお願いしたく存じます。
イケダコーポレーションのエコバウ建築ツアーが今年も催される。私が同行する。
大筋は添付パンフレットに拠ります。ご覧ください。
ケーニッヒの選択によるエコバウ満載のはず。 今回はデンマーク、コペンハーゲンが付録につく。ルイジアナ美術館の訪問が目玉。ほかにベルリン(見るもの満載)とその周辺に比較的長く滞在、デッサウのバウハウスがまだの方は是非、世界遺産です。ポツダムベルリンの宮殿群(シンケルの建築)、博物館島などこれ等も世界遺産。ブルーノタウトのジードルンクの色彩復元が興味深いはず。タウト自邸(DOCOMOMO).カルガウの農場(フーゴーヘーリング)への立ち寄り画策中。マルタ−ヘアフォルト(ゲイリー新作)も。うまくするとシャローンのコンサートホールでベルリンフィルのコンサートが??(未確認、念のため)コペンに戻りヤコブセンをみるオプショナルツアー目下画策中。(野沢)
↓ツアーパンフレット クリックすると見やすくなります。

昨日団地再生卒業設計賞の表彰が団地再生産業協議会の総会の席で行われた。
内田先生、藤澤好一さんなどが出席。内田賞に工学院大学大学院山崎くん、本賞に東大谷口くんと日大桐沢くん、奨励賞に立命館の小嶋さんであった。審査委員は大野秀敏、北山恒、西村紀夫の諸氏と内田祥哉審査委員長である。
今回もバランスよく様々にテーマが異なる提案が受賞したと思う。内田賞が大学院修士課程修了者のものであったのも結果として納得。
6月23日から30日日大理工学部の一号館で展示される。ご来場を。(野沢)

足場が取れた、テラス塀などが改修された。葡萄のつたのからんだステンレスメッシュの塀の木枠を上手に交換してくれた。
足場の一部が残るがこれは月末予定のサッシ更新のため。ほぼこれを残すのみだが、改修はなかなか手ごわい。(野沢)

フェリーニの「道」(1954)のDVDが届いた。まったく久しぶりの再会である。映画は見たが圧倒的マニアではなかった。ジュリエッタ・マシーナとフェ リーニが夫婦であったことなど昔は知らなかった。半世紀ほど以前の映画。いうまでも無いがとてもいい。是非。
「中川敬のシネマは自由を目指す」に下記の記載。(一部転載すいません)
寒村から口べらしの為に売られた知的障害者ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マ シーナ)と、粗暴で狡猾な怪力業の大道芸人ザンパノ(アンソニー・クイン)の 二人が織り成す、先駆的ロード・ムービーの大傑作。フェリーニが常にこだわり 続けた、底辺群像ものの決定版である。
「近代人としての私達の悩みは孤独感です。そしてこれは私達の存在の奥底から やってくるのです。どのような祝典も、政治的交響曲もそこから逃れようと望む ことは出来ません。ただ人間と人間の間でだけ、この孤独を絶つことが出来る し、ただ一人一人の人間を通してだけ、一種のメッセージを伝えることが出来 て、一人の人間ともう一人の人間との深遠な絆を彼らに理解させ、いや、発見さ せることが出来るのです。(中略)『道』は映画が利用しうる手段によって、こ のようなことを表現しています」(フェリーニ)
本当に「先駆的ロード・ムービー」と思う。この後作られたたくさんのロード ムービーが思い出される。いかに作家は過去の仕事に支えられながら仕事をしているか、を思い知る。「道」を作らせた過去の仕事は何なのだろう? われわれ の仕事も。
それから当然だが50年前のイタリアの景観、生活が垣間見える。それの圧倒的な貧しさ、それから背景としての宗教が。修道院のシーン、祭礼のシーンの意味。
見ながら思い出したことがある。もう三、四年も前、TVのチャンネルを変えて いたとき、真っ暗な画面に出会った。偶然『キューポラのある街』(浦山桐郎) が放映されていたのだ。映し出された川口の町の風景に驚いた。1962年の川口で ある。その戦後を引きづった風景を見ながらその後のたった半世紀弱の間に風景がいかに極端な変貌を作り、その変貌を私たちが忘れているかを思った。吉永小百合17歳のころのはずだ。彼女は修学旅行に行くことができない中学三年生を 演じている。そしてここでの背景として北朝鮮への帰還事業で新潟に向かう人々 の物語があった。幟のゆれる駅頭で送り出す人と送る人シーン。このときの 「北」が今日の「北」と確実に?がっている。(野沢)
二期の二棟がほぼ完成のその次の二棟が着々工事中、大工が今回の試みを面白いと思ってくれていることが会話の中からわかる。
次の二棟の基礎を見る。周囲の立ち上がりと中央と隅の独立柱の基礎しか無いまったくのスラブ。この光景もめったにあるものではない。作業の効率化は工事の水準、性能の確認にも極めて有効、様々に効果的である。今後大工の人工からその他の職種の人工手間の効率的運用についての検証が始められるだろう。この基礎と、建物周辺の配管をなくしたことによる施工合理化は竣工後の維持管理の質の向上にも大きく寄与するはず。現場ではここではまだ話せない面白い取り組みがされている。
その後新しい相羽建設社屋を見学、入り口の新しい会社のマークが誇らしげである。(野沢)
